LOCATION

Kita-Rokubancho.

伊達藩400年の伝統と格式を纏う、2つのエリアの中心を通る道「北六番丁」。
都心に残されたレジデンシャルゾーンに誕生。

愛宕上杉通/約1,600m(徒歩20分)・勝山館/約740m(徒歩10分)

伊達藩時代に、武家屋敷が軒を連ねた、
杜の都・仙台屈指の邸宅地、上杉エリア。

「杜の都」の名に込められた、緑美しい景観の記憶。

計画地が面する「北六番丁通」は、藩政期に勾当台から北側に順次割り出された大藩士の屋敷地「北番丁」を現在に受け継ぐ通り。「北一番丁」から「北十番丁」まであり、ここは6番目に割り出された通りになります。かつてこうした仙台藩の侍屋敷では、伊達政宗の奨励に従い、桃、梅、柿、梨、栗など果樹や実をなす樹木が植えられ、それがやがて「杜の都」の語源とも言われる原風景をつくってきたと言われています。上杉エリアをはじめ、この界隈では今もこうした屋敷林の名残を受け継ぐ緑や樹木が多く残され、仙台都心の景観を美しく彩っています。

仙台城下絵図 推定/天和2年(1682年)

風格漂う文教エリアを継承する地区。

「学都」と称され、古くから文教の地の歴史を育んできた仙台。その歴史は日本の官立師範学校の一校として1873年に設立された、宮城師範学校の誕生に遡ります。創設されたのは「レーベン北六番丁 AUTHORS」からすぐ、現在の宮城教育大学附属校の地。さらに官立の最高学府として1887年に創設された旧制第二高等学校は、のちに「北六校舎」と呼ばれた北六番丁の地、東北大学農学部跡地に移転。仙台を代表する学府として、この地から政・財・文化界に多くの名士を輩出しました。いまも宮城教育大学附属校は遠方から通わせるご家庭も多く、北六番丁界隈は「学都」の系譜を受け継ぐ仙台圏屈指の文教エリアとして知られます。

宮城教育大学附属幼稚園・小学校・中学校/約360m(徒歩5分)

徳川家康を祀る「仙台・東照宮」の門前町として栄え、
現代に続く宮町エリア。

仙台東照宮/約680m(徒歩9分)

宮町。杜の都の伝統文化、その発祥の地。

徳川家康を祀るため東照宮が造営されたのは、1654年のこと。宮町はその門前町として栄え、9月17日の東照宮例祭には城下の町々が趣向を凝らした山鉾で練り歩き、「仙台祭」と呼ばれました。文化文政の最盛期には、約70台の山鉾、数千人におよぶ絢爛豪華な行列となり、仙台藩を挙げてのその賑わいは江戸以北第一と評されたといいます。現在の「仙台・青葉まつり」は、この仙台祭を受け継いだもの。今では5月の政宗公の命日に、伊達の粋を競う時代まつりへと成長。杜の都の伝統となった祭りも、実はこのエリアからはじまったものだったのです。

仙台の都心部では貴重な、
閑静な住環境「第二種住居地域」。

「レーベン北六番丁 AUTHORS」は、仙台藩時代から侍屋敷が軒を連ねた「北番丁」を現代に受け継ぐレジデンシャルゾーン。現代の仙台都心部では貴重な住居系立地、第二種住居地域内に誕生します。第二種住居地域では、建築物に対してさまざまな規制が設けられており、住宅地としての良好な環境が維持されるよう保護されています。

良好な地盤に恵まれた地に。

仙台市街地は、広瀬川によって形成された河岸段丘の台地の上にあります。高度の高いところから「台原段丘」「上町段丘」「中町段丘」「下町段丘」の4面におおむね区分され、本計画地は「上町段丘」と「中町段丘」のあいだに位置。仙台市内でも比較的強固な地盤に恵まれています。

イオンモールを主体に進められる東北大跡地開発。

北六番丁通沿いにある東北大雨宮キャンパス跡地再開発構想が進行中。手がけるのはイオンモールで、商業施設地区、仙台厚生病院を中心とする医療・福祉施設地区などの設置が予定され、将来の利便性が期待されています。

※平成31年度供用(開店)予定 ※計画の時期や内容に関しては、変更になる場合がございます。
※仙台市ホームページより抜粋。

※各指定地域での建築物の法則(○=建てられる物 ×=建てられない物)