歴史を受け継ぎ、
次代へ紡ぐ由緒正しき地に。

※掲載の空撮は2020年2月に撮影したものを合成、
CG加工したもので、実際とは異なります。
History & Location
歴史 & ロケーション
Position
新潟市中央区西堀通—。

日本海側最大の都市の一つである新潟の歴史の中枢を担う由緒正しき地。
その形状と独立的な存在により「新潟島」とも呼ばれるエリアの中心に位置し、
古くから、行政・文化・商業・教育など様々な都市機能が集中するとともに、
地形・地質的な安全性と拠点性により、「住」の主舞台として発展してきました。


そして、新潟港開港150周年を迎えるなど新たな時代へ向けた再生の契機となる今、
正統たる誇りを受け継ぐこの地に「レーベン新潟THE TOWER MARKS」は誕生します。
新潟とともに歩み続けてきた日生不動産とのコラボレーションにより、
この地に相応しい逸品としてタカラレーベンブランドの粋を集めた
高度なクオリティを実現した地上18階建、全95邸の先進タワーレジデンス。
未来への起点となる新たなシンボルとして、堂々たる威容を纏うこの邸宅が、
新潟の「住」の系譜を昇華させます。

新潟新章、その起点へ。
Starting point of the new chapter in Niigata.
Image illust
History

新潟の歴史は、ここから始まった。

「明治34年改正新潟市全図」/新潟市歴史博物館所蔵 当時から新潟島が新潟市の中心であり、信濃川以南に較べ市街化整備が進んでいたことがわかる。

「新潟市鳥瞰図(部分)」/新潟市歴史博物館所蔵

新潟発展の礎となった
「新潟島」。

雄大な日本海と新潟市内を流れる一級河川信濃川、そして1972年に開通した関屋分水に囲まれ、独立した「島」のような形状からその名が付けられた「新潟島」。
古くは湿地帯であった信濃川以南に比べ高台であり、浸水被害などが少なかったこの地は、中世から寺社仏閣が集中するなど強固な地盤のお屋敷街として発展してきました。やがて明暦元年(1655年)に「明暦の町建て」として長岡藩代官所(町奉行所)が新潟島に置かれると、奉行所を中心に街が形成され、天保14年(1843年)に新潟奉行所が、明治3年(1870年)には初代新潟県庁が置かれるなど、360年以上にわたり新潟県の中枢として発展してきました。

県内随一の賑わいを誇った、
由緒ある町。

「レーベン新潟THE TOWER MARKS」が建つ古町・西堀通周辺は、「明暦の町建て」とともに置かれた「新潟町」の中心的な場所として現在の古町通や本町通が整備され、町屋が建てられました。特に古町通8・9番町周辺は芸事中心の花柳界として、昭和初期には東京新橋・京都祇園と並ぶ三大花街と呼ばれました。

現在でも「鍋茶屋」「行形亭」といった歴史・格式を有する料亭が存在、また戦前の歴史的建造物が数多く残っており、古町花街は料理屋中心の大規模な伝統的花街として全国随一と言えるでしょう。
その後、昭和12年(1937年)に開店した「小林百貨店(後の新潟三越)」と「万代百貨店(後の大和百貨店)」を皮切りに、活気溢れる商業エリアとして発展していきます。

古町通5番町
(昭和42年頃・1967年頃)
万代百貨店
(昭和12年・1937年竣工)
ふるまち花街
(約440m・徒歩6分)
鍋茶屋
(約630m・徒歩8分)
Location

安心も便利さも市内屈指。
正に「住」の特別区。

白山公園(約670m・徒歩9分)

すべてが近い、
高度な都市機能を享受。

新潟市中央区西堀通アドレスの「レーベン新潟THE TOWER MARKS」。
閑静で落ち着いた周辺環境に加え、各種行政機関、大小の商業施設、多種多様なグルメスポット、
文化施設、金融機関、教育施設※1 など日常生活に必要なあらゆる機能が徒歩圏に集中。
また新興繁華街の万代シティ・新潟駅周辺エリア、総鎮守のある白山公園エリア、海上交通拠点の新潟港なども身近にあり、
職住近接のライフスタイルも実現可能な高度な拠点性を備えています。

ラプラ万代
(約1,580m・徒歩20分)
新潟伊勢丹
(約1,460m・徒歩19分)
万代シティビルボードプレイス
(約1,500m・徒歩19分)
NEXT21〈中央区役所〉
(約210m・徒歩3分)
新潟駅周辺
(約2,110m・車約4分)
信濃川やすらぎ堤緑地
(約710m・徒歩9分)
りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館
(約920m・徒歩12分)
新潟西堀通エリアガイド
Position

居住地として安心な新潟島・古町。

新潟市「信濃川洪水ハザードマップ」

高台立地と堅固な地盤により、災害への強さが評価される新潟島。

水害の心配が少ない「レーベン新潟THE TOWER MARKS 」の安全性。

国内への物流拠点として発展した新潟島は、信濃川に接する土地に回船間屋などが集まるなど、
港町の効率を図った街づくりが行われてきました。
新潟では海側を山手と呼び、その名の通り新潟島は日本海に近い部分が高くなっています。
古町は河川敷からは奥まった場所にあるため、江戸時代は河川敷の商人をサポートする旅籠などの施設が集まっていました。
現在、新潟島内は浸水想定区域となっていませんが、地盤沈下などにより信濃川の近くでは水害が発生していた歴史もあり、
近年の調査によると何度も埋立が行われていたこともわかっています。
新潟島では山手に近づくほど標高が高くなることからも、
「レーベン新潟THE TOWER MARKS 」建設地は信濃川などによる水害の発生は少ないと思われます。

歴史が証明する安心の理由。
高台立地と堅固な地盤。

新潟市発表の標高データから、新潟島は信濃川以南の他の市内エリアに比べ高台になっており、津波や浸水などの水害に比較的強い場所であることがわかります。また地盤も強固であり、古来より多くの寺社仏閣やお屋敷が立ち並んでいたことからも「レーベン新潟THE TOWER MARKS」周辺は災害に強い場所として認識されていたことがわかります。

新潟市標高図
「文政6年新潟町絵図」/新潟市歴史博物館所蔵
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